2020年05月03日

英語の学習

栴檀(せんだん)は双葉より芳しく。
(優れた人物は、幼い時から並外れて優れている、栴檀は香木の名で、若芽の時から香りが高い)
It early pricks that will be a thorn.
(プリックス=刺す、突く、刺し傷をつける、刺して穴を開ける)
(ソーン=とげ、針)

薔薇にとげあり(楽あれば苦あり)
Roses have thorns.
No rose without a thorn.

(迷言集)
芸術を保護するのはよろしい。
だが芸術家を保護する必要は無い… .。
奴らは皆ぐうたらか放蕩者だから。(おーじえ)

意識を持つ人間が生存しようと衝突しているのが、この世界。
芸術は辛い世界からの救済だ。
世界には意識がひしめいてる。
意識の根本は非合理的で盲目的な衝動だ。
生存するための本能に振り回されてしまう。
意識の衝動に振り回されている隷従状態から私たちをすくいあげる可能性の一つとして、音楽等の芸術に触れることで意識を一時的に止められる。
芸術の1番の効果は精神と身体に対する鎮静効果。(アルとぅる)

芸術が特権的に権威を獲得することは不可能。(でぃっきー)

三段論法(演繹法[えんえきほう])とは大前提(普遍的な法則)であるAと小前提(個別の事実)であるBから、結論Cを導き出す。
仮定が真であれば結論も真。
一般的な原理から結論を導き出す、段階的な分析。(アリスxxxx)

人間は思い込みがつきもの。
演繹法による思考では嘘が導き出されてしまう。
先入観等の誤りを指摘し、現実の観察や実験を重んじる帰納法を主張した。
偏見等の誤った先入観があると素材を正しく受け取れず、正しい思考は不可能となる。
自己吟味を怠ってはいけない。
観察や実験で得たデータから、共通の理論を導き出すの思考法が帰納法だ。
仮定と結論のいくつかの事例を観察した結果として規則を推論する。
規則が真であることは保証されない。
観察や実験で得られた様々な推論的事実から共通項(原理)を探る拡張的な傾向を持つ。
ただし、どこまでデータを集めれば原理が確定できるのかの線引きが難しい。
アリストテレスの提唱した「三段論法(演繹法)」は、実験や観察の伴わない前提をもとに組み立てられた机上の空論、詭弁(きべん=道理に合わない弁論、弁論術で、弱い根拠を強く見せかけ、間違った理屈を正しいと思い込ませること)に過ぎない。
事実の検証なしには何の知識も得られない。(べーこん)

結論に規則を当てはめて過程を推論する。
仮定が真である事は保証されない。
結論を想定して仮説を推論する。
何を仮説をするかは発想力が必要となる。(パース)

すべてのものは自身のうちに矛盾を含んでおり、それによって自然的に己と対立するものを生み出してしまう。
相反する2つの認識を保存されたまま発展させる。
最初の認識は一旦否定されるが、最終的には途中の二つの認識のいずれもがそれまでとは違った観点で正しさを保証されるようになる。
こうしたいわば螺旋状の認識過程が弁証法だ。
相反することを積極的に受け入れてより良い結論を探そう。(ヘーゲル)

文学、法学、政治学などの人文科学や社会科学はもちろん、自然科学も含めて一切の探求が、昔は「哲学」だった。
目に見える力の原因を目に見えない神に求めねばならないいわれはありません。
そこから、自然の力の源を目に見える自然の次元で探求しようとする「哲学」が、紀元前6世紀頃のギリシャで誕生しました。
何かを愛する時、愛するものはまだ自分の求める対象を得ていない。
だからこそ欲して止まないのだ。
知を愛する自分もまだ求める対象である知を得ていないことになる。
だから、知を愛する自分すなわち「無知なるもの」だと言うわけだ。(そくらxx)

古代ギリシャのプラトンにまで遡り、現実世界の背後に超越的な神やイデアを想定する形而上学は、弱者の捏造した虚構であり、すべての価値のないニヒリズムの産物だ。
してみれば「神は死んだ」だと言う判断は、形而上学としての哲学に対する死亡宣告である。
哲学は終わった。(にーxx)

社会のシステムで人間を知る。
人間中心の哲学の認識論を超える。(ぽんてぃ)

(名言集)
人は習慣を好む。
なぜなら、それを作ったのは自分だから。(ジョージ)

(日常英語)
しょっちゅう。
All the time.

その間ずっと。
All the while.

毎回。
Every time.

(語源英語)
port=運ぶ、港

im=中に

ant=~な

trans=越えて

su(p)=下で

re=元に





posted by きょんちゃん at 23:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする