2019年10月30日

英語の学習

手段を用いよ、そうすれば神は祝福を与えてくれるだろう。
Use the means and God will give the blessing.
(ミーンズ=方法)

(迷言集)
医者の術は、自分と患者の双方が生きられるような病気を見つけることである。(ヴぃるめっつ)

不確実性とは広い意味で意思決定のための情報が不足していることです。
この世の中は将来のことを含め、様々な不確実性に満ちており、われわれはそれに翻弄されて生きています。
ただしある意味では、情報が不足しているが故に適切な意思決定ができない、と言うのはそれほど不思議なことでは無い。(にし)

心理認識の次元では「心身二元論」を唱えたデカルトも、日常の場面では「心身合一」を認めていた。
意識のどんな活動にも身体は随伴するし、逆に端的な反射活動を別にすれば、いかなる身体の振る舞いにも意識が伴う。
私たちは常に身体とともに生きている。
意識の身体は相補的なものだ。
いかなる精神的な営みも身体に支えられてこそ可能となる。
どちらが優位にあるわけではないと言う精神と身体の関係を両義性と言う。
知覚の主体である身体は客体をも包含していると考えて身体に固有の価値を耐え、意識と身体が揃ってこそ人は自己認識に到達する。(ぽんてぃ)

18世紀の産業革命以来、強いビジネスとはすなわち大きなビジネスでした。
巨大な資金によって垂直統合型のビジネスモデルを構築し、大量生産したものを巨額の広告費をかけて広範囲な流通網で売りさばく、と言う暴力的なビジネスこそが常に勝者であり、資金を集められないもの、大量に生産できないもの、巨額の広告費を捻出できないものは、日陰で細々と生きていくしかありませんでした。
そのような時代を長らく過ごした私たちは、スケールこそがビジネスにおける成功のカギだと言うことを刷り込まれてしまっています。
しかし今日に至って、かってスケールがもたらしてくれたメリットの数々は縮小・消失しており、場合によってはむしろ競争力をそぐ要因となりつつあります。
この変化を促進している最大の要因がメディアと流通の変化です。
20世紀の後半にインターネットが普及するまで、サービスや商品を世の中に告知できるためには、新聞やテレビなどのマスメディアに頼らざるをえませんでした。
これらのメディアはきめ細かなターゲット設定に向いておらず、必然的に多数派となる大衆の好みそうな商品やサービスを開発し、それをテレビ新聞などのマスメディアを通じ告知し、巨大な流通機構を通じて販売すると言うモデルに行き着かざるをえませんでした。
それはつまり、マーケティングの手段でしかない広告や流通の枠組みが、商品やサービスのありようを規定した、ということです。
20世紀後半において支配的になったマーケティング計画作のプロセスをよく見てみるとで、製品やサービスの有り様は、プロダクトとマーケットの間をつかさどるメディアや流通の枠組みに規定されてしまっている、と言うことに気がつきます。
メディアと流通の枠組みに乗りにくいサブスケールのサービスや商品は大きなハンディキャップを背負うことになる一方で、多数派となる大衆に向け製品を大量に生産し、それを巨額のマーケティング費用かけてメディアと流通に乗せ売り切ると言う戦術パターンを採用する企業には強烈なスケールメリットが生じました。(やまぐち)

(名言集)
これから私は幸運を求めない
私が幸運そのものだ
これからもう私はくよくよしない
ためらわない
または何者をも必要としない
剛健に飽満して
私は大道を旅していく(うぉるたー)

(日常英語)
うざい。
When fed up.

うざったいんだけど。
You are annoying.
(ア・ノイン=嫌がらせる、イライラさせる、悩ませる、腹立たせる、むっとさせる)

うぜーなあいつ。
He/She’s a pest.
(ペスト=有害生物)

邪魔。
You are in the way.

posted by きょんちゃん at 23:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

英語の学習

人事を尽くして天命を待つ。
Do the likeliest and God will do the best.
(・ライクリイスト=見込みのある、有望な)

(迷言集)
医者は出て行った時もむしろやってきたときに、患者を元気にすることが多い。(どぅヴぁる)

生き方の「安パイ」がない社会では、自分で生き方を選択する必要があります。
これは一方では、自分の生きたいように生きることができるということで、そう言われると響きはいいです。
しかし一方で、その生き方が果たして本当に「良い」ものであるか、教えてくれる人はいません。
生き方を保証するモデルが失われてしまった。
そこから、「私」について考えると言う課題が、避けがたく現れてきたのです。
ここで着目すべきは、自ら生き方を選択する自由を得たとしても、すべての人が、望み通りの生活を送ることができないと言うことです。
例えば資産家に生まれた人間が、そのままお金持ちで居られれば、あまり選択に悩まなくても済むかもしれません。
あるいは、才能があれば、音楽家になったりスポーツ選手になったりと、様々な困難があっても、自分の生に満足することができるはずです。
自分の自由を実現し、かつ、他者からの承認も得られる。
そうした人たちにとって、自由な選択が問題になる事はありません。
問題になるのは、社会的地位や名誉といった一般的な価値に対して強い憧れを持つ一方、それを達成するための才能を持ち合わせておらず、状況もそれを許さないような場合です。
その時に私たちはしばしば、この世界はまちがっているはずだ、不当であるに違いないと思ってしまいます。
キリスト教の教えがリアリティを持っていた中世であれば、恵まれない状況でもあっても、そこに意味を見いだすことができました。
この世は仮の世界で、この苦しみを耐えた先に、最後の審判によって救われるはずだ。
その希望によって、なんとか、世の中への不満を慰め、不遇な状況も受け入れることができたわけです。
しかし、近代から現代にかけて、キリスト教的世界観が相対化されてくると、最後の審判も救いもなく、この生はたった1回限りのものではないかと感じられるようになってきます。
その結果、いかなる希望も可能性も、結局は無意味なのだと考えられるようになる。
ともあれ、生き方の選択が可能であると言う事は、希望の条件であるとともに、「絶望」の条件でもあります。
望ましい理想に届くかどうかはあらかじめ約束されてないからです。
絶望すると言うこともまた、近代における自由と「個」の意識の展開のうちで、初めて現れてきたのです。
次のように、絶望の取りうる形を示しています。
1つは、現実から目を背けて理想を追求すること。
夢ばかり見ていて、現実的な努力をしない状態をイメージすると、わかりやすいかと思います。
そしてもう一つは、理想を忘れて現実にどっぷりとつかること。
これは理想を嘲笑い、世間的にうまくやって行くことにしか関心をもてない状態を考えると良いでしょう。(けるけXXX)

(名言集)
残虐はすべて弱さから生じる。(るきうす)

(日常英語)
やばい位欲しい。
I want it badly.

ひどく気にいった。
I like it badly.

あいたくてやばい。
I miss you badly.

あいつすげーだめだ。
He’s so bad.
すぐカットなる。
He snaps easily.
(スナップス=ぷっつり切れる、ガミガミ言う、噛み付く、切れる、プッツンする)
posted by きょんちゃん at 00:43| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月27日

英語の学習

詩を作るより田を作れ。
Literature is a good staff but a bad crutch.
(・リテラチャー)
(ス・タッフ=おしゃれつえ[古語])
(ク・ラッチ=松葉杖)
(文学は良い飾り物にはなるが実用の役には立たない)

(迷言集)
良心的な医者は病人と一緒に死ぬべきである、もし一緒に治ることができないのならば。

物も金も一旦量が決まってしまえば、それが後で変わることありませんが、人は与えられる意味の豊かさによって放出するエネルギーの量が大きく変わります。
意味を明確に掲げるリーダーによって率いられる組織が、他社を大きく凌パフォーマンスを上げている。
いたずらに売り上げや生産性などの乾いた目標だけを掲げて叱咤すると言う、かつ日本において主流だったリーダーは、組織からモチベーションも創造性も引き出すことができません。
仕事の背景をなす大きな意味を明らかにすることで、組織からモチベーションと創造性を引き出すのです。(やまぐち)

悩みと言うのは「正体見れば枯れ尾花」と言う言葉があるように、とらえどころがないゆえにあなたを悩ませ続けるのです。
例外を考えること。
視野が凝り固まって生じてしまった悩みに効果的で、その問題が当てはまらない例外を思い浮かべると、問題が思ったより小さいと分かる。
なぜ自分がこんなに悩まされているのかどんどん遡(さかのぼ)っていくと、原因である自分の満たされない願望に行き当たる。
願望が見つかれば、達成(つまり悩み解決)のために具体的な一歩を踏み出せる。(ときお)

子供が嘘をついたとき、この嘘は過去のどんな経験に基づくかと言うことよりも、何のために嘘をつくのかと言う未来を視野に入れて考える。
全ての人がニーチェの「力への意志」のような優越意志で動かされているとすれば、最も苦痛となるのは劣等感です。
自分が他人より劣っていると考える事は確かに深刻な悩みです。
神経症の本質が、劣等感からの逃避だと結論した。
神経症は、自分の劣等感を社会的・現実的な方法で克服できない時に発生する。
劣等感が克服できずに、自分の行為について不合理な言い訳をしたり、空想で自分を優れたものにしたりすると言う病気が神経症。
犯罪の心理的原因も劣等感にある。
犯罪は多様ですが、それらは他人の所有物、身体、名誉などを奪うと言う点で共通している。
犯罪はとは、最も簡単な方法で劣等感を克服して、自己を高く見せかけようとする傾向を持つので、犯罪は1種の病気なのです。
劣等感こそ成長の力だ。
人間は、身体的・精神的な欠陥を何らかの方法で克服しようとする意識的・無意識的働きがある。(あどxx)

(名言集)
不幸を治す薬は、ただもう希望より他ない。(うぃりあむ)

(日常英語)
まじで。
For real.

くそやばい。
I’m in deep shit.

やばい。
Damn.



posted by きょんちゃん at 23:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする